法 善 寺 本 堂 の 内 陣 ご 本 尊
本堂にお参りすると、正面奥に一段高まった処があります。これは須弥檀(しゅみだん)といい、その上に奉安されている諸佛像群が
大曼荼羅像造式ご本尊です。日蓮聖人は、法華経信仰のご本尊として大曼荼羅を書かれました。この大曼荼羅は、専ら文字によって
書かれたものでしたが、室町後世になると文字の部分を絵画にした絵曼荼羅や、仏像彫刻とすることが行われるようになりました。現在多くの日蓮宗寺院でご本尊さまとして安置しているのは、この大曼荼羅の主要部分の諸尊を仏像彫刻で表現したもので、当山
のご本尊さまも同様です。
ご本尊の最上段の中央に奉られているのが「南無妙法蓮華経」の題目が書かれた宝塔です。その左右に座しておられるのが、(左・
釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)右・多寶如来(たほうにょらい)。その両脇に立っておられるの四人の菩薩は右中から上行(じょうぎょう)
菩薩・無邊行(むへんぎょう)菩薩、左中から淨行(じょうぎょう)菩薩・安立行(あんりゅうぎょう)菩薩。この菩薩たちは、末法に法華経
を広めることをお釈迦さまから命じられた菩薩さまの代表です。又、下段左・白象に乗っておられる普賢菩薩、右・獅子に乗っておられる
文殊菩薩は、お釈迦さまに近侍する菩薩として「釈迦三尊」という名称で一般的に知られています。左脇には三目と六本の腕をもった
愛染明王、右脇には火炎を背にした不動明王、四隅には左上に北方毘沙門天王(青)、左下は南方増長天王(赤)、右上に東方持国
天王(緑)、右下は西方廣目天王(黄)と、四大天王像が法華経を説かれる場を守護するように四方を囲んでいます。そして中央下一番
手前には末法の大導師宗祖日蓮大聖人のご尊像が奉安されています。
戦災等のため多くの寺院では焼失を余儀なくされましたが、完全な形でご佛体の全てが格護されているのは全国でも稀なことです。
当山のご佛体は、文政四(1821)年正月5日ご命日の松山大法寺十八世遠昶院日泰上人(新居浜富谷家のご先祖)の造立による
大変立派な十界曼荼羅諸佛ご本尊さまであります。しかし、二百年近くの歳月を経て近年ニカワも朽ち、かなり破損をしておりました。
歴代住職、特に先代日守上人も心配しておりましたご佛体修復の件ですが、平成三年に11月当山のお会式の翌日、13日に三寶尊
(一塔両尊・高さ五尺)と日蓮聖人尊像の四体を修復へお送りしました。約百日かってお化粧され平成四年2月14日完成、月遅れの
3月16日の日蓮聖人ご降誕会に合わせて帰山されました。その折り、筆頭総代の山田憲正様他総代一同、婦人部の方々の奉仕にて
祭祠しその際に両脇のご佛体十二諸尊も続いての修復作業となりました。一方本堂も大事な仏様を再びお迎えするに当たり、内陣の
金箔クロス張り、祭壇を新調、電気照明・換気工事、防犯システム等も併せて完備しました。二期目も約百日をかけて立派に修復され、
5月12日伊豆法難会の聖日に安置、本堂に全てのご佛体が立派に修復完成し揃われて、御宝前が見違えるように明るくなりました。
8月26日例年の流燈施餓鬼大法要に先立って午後2時から、本妙山法善寺本堂の十界ご本尊佛体修復落慶法要が厳修された。
「当山は日蓮宗信仰道場として開創より二十五代・430年余の間、多くの檀信徒の信仰と丹精により連綿と継承、近年ご先祖から手を
合わされて来られたご本尊の損傷が甚だしく、歴代住職の悲願でもあった修復がこの度篤志者20名の方々により、後世に残す大事業
として茲に完遂す。仰ぎ願わくば十界ご本尊ご威光倍増、教風宣揚に一層の加被力を垂れ給わんことを。」と、の村口慈秀住職の落慶
奉告文に続き、組寺若手修法師総出仕により御宝前開眼法楽加持が行われた。
式典の最後には山田憲正筆頭総代が落慶祝賀の辞
として「平成の大業ここに成って法善寺の法灯いよいよその輝きを増し、檀信徒各位の上にもみ仏のご威光、日蓮大聖人のご守護あま
ねく満ちゆきわたり、七難即滅七福即生の大威神力を乞い願うと共に、相共々に信心倍僧をお誓いしてお祝いの言葉と致します。」と、
甦ったご本尊さまに入曼荼羅する四誓の(お題目の道うを持ち・行い・護り・弘める)願業を心新たに、唱題して一同精進を誓い合った。
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